NCGのアンパンマン。

藤川真一

guide No.6 ガイド
藤川 真一
1977年生まれ。福岡県出身。(株)とまと博代表取締役。
16歳の時板前修業に入り、23歳で日本料理屋の料理長を任せられる。
料理人として様々なキャリヤを積むが人間関係に悩む。2006年、居酒屋の店長となると同時にNAGAIに参加。
2010年独立、“とまと博”創業。
料理人から経営者へ転身。ユメのヒントから、とまと博を創業したNCGの期待のホープ。身を削って、人を生かす姿は、まさにアンパンマン。その誠実さに惚れる後輩たち続出!!数年のキャリアでガイドになった姿はメンバーに夢とヤル気を起こさせる。
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NCGに関わったきっかけ

藤川真一 以前働いていた飲食店のオーナーから、初めて会った日に「『進化する会話力』というプログラムがあるけど来てみないか?」と誘われ、即答で『いきます!!』と答えた事ですね。私が即答したので、逆にオーナーの方がびっくりして、そんなに即答しなくても良いんだぞ。明日またゆっくり内容を話すから、明日決めよう!って言われた位です。
 『自分ってどうやったら変われるんだろう?』と悩んでいた矢先だったんで即答しました。私は以前の飲食関連会社で、上司に不満があったんですが、それを言えず、ひたすらに売り上げを上げるために、二年半一生懸命働きました。その結果、ストレスで、血を吐いてしまい、体を壊して辞めることになりました。
 辞めて療養のため、二か月間沖縄を旅したりしてたんですが、どうやったら変われるんだろうか、と色々考えました。そのタイミングで、社長から声をかけられたんで即答したんです。最初は話し方教室か何かだろうって思ってました。その頃、話すのはとても苦手で、人前に出るとどもったり、言葉が出ない事があったので、それを克服できれば良いなと。
今、私が話すのが苦手だったって言うと、信じてもらえないんですが、その当時のエピソードとして、ホテルの料理長時代の苦い思い出があります。
 料理長時代、結婚式があると、スピーチを頼まれます。通常、そういう場では、少し良い話を披露して、場を和ませたりするんですが、私の場合、メニューを読みあげるのが精一杯でした。しかも、それも緊張して真っ白になり、息詰まりながら話して司会の方によく笑われていました。その位、話すという事がコンプレックスでしたね。

荒れた少年時代

藤川真一ビーバップハイスクールって漫画ありますよね?私の中学、高校時代はビーバップ全盛期からは10年位経ってましたが、学内はもろそんな感じでした。生徒達は違反ズボンに、剃り込みが入ってたり、喧嘩でガラスが割れるのも日常茶飯事。私は、周りからは優等生とみられていたんですが、不良グループとも仲が良く、熱い性格だったので、喧嘩になることもしばしばありました。

 喧嘩は強い方だったんですが、喧嘩になると泣く癖があったんで、周りからは『涙の修羅』ってあだ名で呼ばれてましたね。何で喧嘩強いのに泣くの?ってよく言われてました。ことばで伝えるよりも、行動で示すタイプでした。喧嘩っ早いのは、コミュニケーションが苦手な裏返しだったと今はわかります。

父との関係

藤川真一 父は大工の棟梁で、職人気質。ことばで言われるよりも、先に手が飛んできて、叩かれながら育ちました。家系も代々大工だったので、自分も小さい頃から、当然大工になるだろうって周りから期待されてました。でも、そのレールに乗るのが本当に嫌でした。だから料理人になったんだと思います。
 でも、NCGに出会ってから、「父親は未来だ」って提言を受けた時に、まさに自分も職人ですし、そのレールそのままだったんだって事実に気づいたんですよね。私は小さい頃から、父に叩かれて育ったので、父を否定していたし、反発していました。その父が未来であり将来像だって聞いてから、父をテーマに随分自己探求しました。
 自分を見つめる中で、父は何で自分を叩いたんだろうって疑問が浮かんだんですが、考えても、探求してもわからなかった。それで実際父に会って、勇気をもって聞いてみたんですよ。そしたら父が「どう育てて良いかわからなかった」って答えたんです。
 親初心者の父は、自分が育てられたように、自分を育てただけなんだって分かったら、少し父を許せた。それから、少しずつ父とも話せるようになってきて、父の職人としての素晴らしさや、話すことが苦手で、経営者という立場には挫折したこと、営業の社長と組んで、職人の社長として二人三脚で会社を経営している現状等が見えてきました。
 そこから、自分は父の出来なかった夢、経営者として人と会話しながら営業していくことを極めていきたいって思うようになったんです。料理を手放して会話で勝負していこうって考え始めた時に、父は敏感にそれを感じたらしく、めずらしく心配して「お前、料理を手放せるのか?」って聞いてきました。
 でも、自分で料理するより、料理する人を育てた方がもっと多くの人に自分の料理を食べてもらえる!という気持ちを素直に伝えた時に、父も少し私を認めてくれた気がしたし、私も職人を全うする父を素晴らしいって認めることがようやく出来たんです。父が職人を極めてくれるなら、自分はもう一つの道を進んでいこうって決心は父を認めることで自然と固まりました。
 最近は父が、仕事の相談なんかで電話してくるんですよ。この前は、昼休みに電話がきて、「弟子が、カンナを研いで来ないから、研いでこい!って怒鳴ったけど、どうしたらきちんとやるようになるかな?」って。
 「今の若い人は、言われないと、やらない人もいるし、やり方だって教えないと出来ない子もいるよ」って私が言ったら、「習うもんじゃないんだよっ!!見て覚えるもんだろ!!」って父は言ってましたね。
 「研ぐって事を教えてあげて、相手を認めてあげて話してみて」って話したんです。
 そしたら2,3日後に電話があって、父が嬉しそうに「研いできたよ」って報告して来ました。人を育てるために、人を褒めるってことを父は分かってくれたみたいです。
 父は絶対に私を褒めてくれませんでしたから、私は絶対に認めさせてやるって意地で生きて来ました。そのお陰で頑張れた事もたくさんあります。でも、経営者として、人を育てる中で、私の周りにはたくさんの認められたい人たちが集まってくるんです。やっぱり人を褒めて、認めて育てていくことが苦手なんですね。それはまさに父が教えてくれたことでした。その中で、人を認めて育てていくことは、私の修業でもあり、父を超えて行くことでもある日々実感しています。

とまと博誕生秘話

藤川真一

 急きょ前に働いていた店を閉めることになりました。私自身、次に何をしていくか、相当悩んで、とにかく閉店までの三ヶ月間はリバースライフ(睡眠生活)に相当力を入れました。そして、ある夜ユメを見たんですよ。

 薄暗い森の中で、私は歩いているんですけど、トマトが空中に6個位浮いてました。そして、そのトマトが自分に飛んできて、ベチャベチャと体にくっつくんですよ。私はトマトが大嫌いなので、なんか、虐められているような気分で、とにかく不快なユメでした。

 目が覚めたときは、なんて嫌なユメを見たんだって思いました。でも、せっかく脳が見せてくれたユメなんで、ユメさんありがとうって言いました。

 それから、デパートに行ったりして、出店イメージを考えていたんですが、出店イメージは赤だって思ったんです。赤といえば、苺かトマトだな、トマトは健康ブームだし、緑黄色野菜でリコピンも豊富、トマト嫌いなオーナーがやるトマト専門店ってのも面白いなって思って、トマトでやろうって決めたんです。大嫌いなトマトをユメで見て「とまと博覧会」が誕生したわけです。

 当初のとまと博は、トマト商品やトマト関連食品の開発を主眼に入れてましたので、ネットショップという形で創業しました。でも、ネットショップをスタートする中で、長井社長と何度もアイデアを出し合い、話し合う中で、「とまと博」という、新しい企業ブランドが浮き上がってきたんです。

 トマトは、ハイポニカ農法にあるように、育てようによっては、どんどん育つし、とにかく増える。そんなふうに、人を育てて、広げていきたいという企業イメージにぴったりだったんですね。それで、共同経営の企業として、法人化し、株式会社とまと博を設立したんですよ。

 でも、銀行等に融資を依頼すると、やっぱり共同経営は嫌われますね。人間関係が縁の切れ目、金の切れ目だと散々反対されました。今の世の中では、多分考えられないような経営方針だったんですよ。「ヒト」「モノ」「カネ」と言われますが、「とまと博」はまさに、人を生かす企業でありたい。私は銀行を口説いて回りました。

 その結果、現在5号店まで出店することができ、人生を共に生きる仲間がそれぞれ立場をとってくれています。仲間と会話で作り上げる会社。これを続ける中で、人材が育ち、世界中に広がって、世の中に少しでも会話する素晴らしさや、何かしらの影響が与えれればと思っています。1年後には10店舗まで増やしたいと考えています。これからが本番です。

ガイドデビュー

昔は、無言実行の男だったんですよね。宣言せずにやれば、出来たとき褒められるし、認めてもらえる。しかも、出来なくても、周りにはわかりませんしね。でも、NCGで、「ことばが先」という事実に出会ったとき、私もそれを実践し、真実に生きたいって思ったんです。先輩ガイド達は自分が宣言したことばを、最後までやりきり、現象を創っていきます。そんな生き方を自らが通す中で参加者に伝えられる事があると思ったんです。

 最初は、わけもわからず、やり方や方法と見て、ほかのガイドと比べたり、真似したりしました。でも、全然伝わらない。失敗もたくさんしました。今でもまだまだ未熟です。でも、今は、自分にしかできないこと、自分にしか伝えられないことばがあると思うようになってきました。とまと博の代表も含め、私が挑戦し続ける姿で、人に勇気与えられたら嬉しいです。

 ガイドとしてトーキングパートナー持つことは特別です。パートナーが自分とのトーキングによって何かに気付いたり何かを乗り越えた時の歓びは、自分が進化した時とは比べものにならないです。話し合い、共に乗り越えることで、本当の人間関係を日々教えてもらっています。トーキングパートナーの悩みは全部自分にもあるんです。教えるのではなく、共にとことん話し合い乗り越えるあり方が愛情を育てるんですね。

これから

藤川真一

世の中に無いものや、非現実的なものを、仲間の脳をフル回転させながら、どんどん話し合って創り出していきたいですね。すいみん館の東京出店や6号館からもっと先など、日本中、世界に広げていこうと野心マンマンです。とま博メンバーが、人のガイドとなり、人を力づけていく、そんな仕組みを広げていきたいと思います。

 あと、今、お店で「世界で一番幸せな朝食会」というイベントを開催し始めたんです。朝7時から初めて会った人達と朝食を食べながら話すという企画なんですが、私はここに大きな可能性を感じています。現代人は朝より夜に重きを置いて生活しています。朝というのは脳にとっても、やる気にとっても大変大切な時間帯です。この朝を工夫することで、現代人の生活革命を起こして、人を元気づけたい。そして、日本全体を勇気づけるような一大ムーブメントをおこしたいなって思っています。

 私自身、朝からたくさんの人と出会う機会を頂き、エネルギーをたくさんもらっています。これから、どんどん人と出会い、人を力づけて、我々の輪をどんどん広げていきたいですね。

\わたしたちがあなたの人生をガイドします!/

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