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切れ味シャープな会話力でみんなを引っ張る
「頼れるお姉さん」的存在。

関原くみこ

guide No.4 ガイド
関原 くみこ
1967年生まれ。熊本県出身。(株)NAGAI営業部長。
九州大学農学部卒業後、(株)ノエビア研究所に就職後、関連会社(株)ノブに出向し、営業を経験。
1994年渡米。カリフォルニア州コスメトロジスト免許取得。1998年田ぐり庵スタッフとして参加。現在に至る。
参加当時の異名は「手の付けられない暴れ馬」。「ブス」というコンプレックスを「美」の探究に変えた生まれ変わりは見事!何にでも挑戦する行動派。
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関わったきっかけ

関原くみこ 3歳、化粧品会社の研究所に就職して2年目で、私は滋賀県に住んでました。当時合ってた彼は福岡にいて、NAGAIのプログラムに先に参加したんですね。「よかったけん、お前も参加してみろ。」というわけ。

私はぜっんぜん参加したいなんて思わなくて断ったんですよ。普段だったら、「あ、そう。」で終わるんだけど、そん時だけは何故か彼も引かないんですよ。なんでこの人、私の気持ちを尊重しないのかしらと腹立ったんだけど、いろいろ話してるうちに「お前ねー、一回でいいけん俺のいうこと聞いてみろよ!」とガツンと言われたんですね。この言葉がグサッと来てね、あー私この人のいう事一回も聞いたことないんだ。。。と自分に直面したんです。

その頃の私は、私はなんて可愛げがないんだろう、なんてひねくれてるんだろう、って思ってましたから、この言葉は効きましたね。人間ってツボにはまる言葉を言われると、それが嬉しい言葉であれ痛い言葉であれ動くんですよね。「わかった、参加すればいいでしょ!」って半ばヤケで滋賀から行きました。お金も時間も捨てるようなもんじゃん!とぼやきながら。

プログラムの中でも、全然態度悪くて3日間一度も手を挙げなかったです。でも、周りの参加者たちは素直に発表して、どんどん元気になっていくのに自分一人だけが取り残されてる焦りみたいな感はありましたね。最後の最後になって、なぜそう感じたのかはもう忘れてしまったけれど、「私の笑顔っていいかも」って思ったんです。そして、「この笑顔を教えてくれたのは、誰でもないお母さんだよね」って思って、なんか一筋の光が見えたような気がしたんです。

 今思えば、私にはプログラム必要ないなんて言ってたけど、参加してなかったらノイローゼになってたんじゃないか、それくらい私はくすぶってましたね。だからその彼は私の命の恩人ですよ!結局別れてしまいましたけどね。今でもものすごく感謝してます。

 最初の参加から、次々と全部のプログラムに参加しました。3か月間、毎週滋賀から通ったこともあります。あの時は、自分にできないと思うことを非合理にやった初めての経験でした。滋賀での上司やルームメイトも「がんばれ!!」って応援してくれて、たくさん迷惑もかけたけど、そのおかげで皆との深い人間関係もできました。あれから、あっという間の21年、途中アメリカに住んで美容師になったり、いろいろあったけどナガイとの縁が切れることはなかったですね。NAGAIとの出会いは、運命の赤い糸というか、必然だなって感じます。

美とコンプレックス

関原くみこ  私が三歳の時に弟が生まれたんだけど、その弟がまたものすごく可愛く産まれて来たんですよ。お目目ぱっちり、まつ毛バシバシ、本当に女の子みたいに可愛い赤ちゃんだった。それに比べて、私の目は小さくてはれぼったい。それを不憫に思った母が「可哀そうにねえ、この目があんたにいったら良かったのにねえ、あんたの目がもう少し大きかったらねえ・・・」ってずうっと呟かれて育ったんです。だから子供心に、私ってダメなんだ、女として魅力が無いんだって思いこんじゃったんです。『私はブス』なんだって。

もう、小学校、中学校、高校、大学って写真あるけど、『私はブス』って顔に書いてあるようにふてくされた顔してるんですよ。その代り、コンプレックスの裏返しで、勉強やスポーツは人に負けないくらいやりました。一生懸命、人からスゴイね!って言われるように頑張りましたね。自分のエリート志向も、そういうところから来てたと思う。

でも、どんなに頑張っても、内面では結局自分はブスなんだって思い込んでるから、自分に自信はないわけよ。自信が無いから、美には凄くこだわって生きてた。

これは、ナガイに関わって初めてそう気づいたことなんですけどね。人間は自分が見えないっていうけど、本当自分がまさかそんなコンプレックスに牛耳られて生きてたなんて思いもよらなかった。自分が美にこだわるのは、それがたまたま好きだから、くらいに置いてたんですよね。

人から凄いって言われたいエリート意識だけで生きてたから、大学は、当時バイオテクノロジーで脚光を浴びてた九大農学部に進みました。自分が何をやりたいか、なんて考えたこともなかった。常に人からどう思われるか、を気にして生きてました。失敗するのはかっこ悪いから、できる範疇のことしかやらない。就職も適当なもんで、当時CMがかっこよくて急成長してたノエビア化粧品へ就職しました。ナガイに参加して初めて、私は私の人生で何がやりたいだろう?って自分に聞きはじめました。「人と関わる仕事がしたい!」って思いました。そこで、研究所で3年くらい働いたあと営業に移りました。それはそれで楽しかったんだけど、そのうちに『世界中の女性を美しくしたい!!』って豪語しだして、英語話せるようにならなくっちゃって思って、その気持ちだけで、26歳でアメリカに留学して。結局アメリカで美容師にもなりました。とにかく、美にこだわって36歳までは仕事してたかな。

でもね、結局、自分が美についていくら研究したり、美容の資格とったり、技術をマスターしたりして頑張っても、自分の根本が変わらない限り意味が無いって気づいたの。これ以上勉強することはない、って所までいってそれでも結局、自分には自信が無かった。30歳で帰国してからは、NAGAIのメンバーに誘われて田ぐり庵って弁当屋の営業をしてたんだけど、弁当屋って今までの私にしたらカッコいい仕事でも、美しい仕事でもないじゃない。でもね、その中で仲間たちと会話したり、自分自身を見つめる中で、どんなに外見を磨いても、自分はブスだと思い込んでいる自分の会話体が生まれ変わらない限り、徒労に終わるって究極の事実を悟りましたね。

今まで、さんざんに海外まで行って美を探究してきたけど、本当の美しさとは何か?に気づいたのは、NAGAIだった。しかも博多の弁当屋の営業で。

『美=自分の内面・会話の美しさ』なんだって、どれだけ自分が美しいことばで生きているか!だけなんだって思って生き始めてから変わりましたね。

そう生きだしたら、自分の中に小さな強さが生まれました。自信みたいなものがやっと湧きはじめました。会話さえ磨けば人は美しくなれるし、私だって美しくなれる。どんどん会話磨いて綺麗になろうよ!って自分にも人にも確信もって言えるようになりましたね。/p>

人生の転機となったエピソード

関原くみこ 

アメリカから帰国して、本格的に田ぐり庵の営業として、やっていこうって決めたころ。。。たぶん始めて半年たったくらいだったと思うけど、突然元彼がアメリカから追いかけて自宅に来たんですよ。名づけて『オスカー事件』。

彼とはアメリカにいたときに付き合ってたんだけど、ラテン系で俳優の卵で、見た目は本当にかっこよくて、一緒に歩くと誰もが振り返るような彼でしたね。まさに私のコンプレックスを満たしてくれるような彼だったわけです。でも、さすがジゴロとでもいいましょうか、中身はヒモでしたね。全然パートナシップって感じじゃなくて、癒し合いというか利用しあいというか、そんな付き合いでしたよね。最後の方は情で付き合ってた感じ、別れるに別れられないみたいな。でも、私が帰国するのを機にうまく続くはずもなく、結局別れることになったんです。「別れて良かった~」って周りにも言ってたし、本腰入れて田ぐり庵の仲間のためにやるぞ~って感じになってました。

その矢先!ある日の夜、自宅のチャイムがピンポーンって鳴るでしょう。誰なの、こんな時間に?ってドア開けたら、その彼が立ってるじゃないですか。

なんでーーーー!?ってもうパニックですよ。どうしよう~~~って。

彼は移住する気で来てるのよ。自分の荷物をスーツケース3個くらい持って来てて、全然日本語話せないのに、向こうは向こうで命がけで追いかけて来たって感じなわけですよ。人間って不思議なもので、きっぱり別れたはずなのに、過去からの情みたいなものが出てきて私が面倒みなきゃいけないの?って妙な感覚に襲われて。悶々としながら近くのビジネスホテルで一夜過ごして、もう次の日は、田ぐり庵中でおおごとになってて、緊急サミット(当時ミーティングはサミットと呼ばれてました)開催。「一体どうなってんだ?」って聞かれるけど私としては「こっちが聞きたい」って感じ。私も動揺した状態であーだこーだ話すもんだから、拉致が明かない会話になるわけ。皆でどうすんだ?って感じの会話を続けてたら、ずっと黙って聞いてた長井社長が私に向かって、

「不誠実に生きるんだったら、もう出て行ってくれ・・・」って悲しそうに静かに言ったんですね。

『手の付けられない暴れ馬』って言われた私を辛抱強く育ててくれていた社長にそう言われたから、その瞬間、もう今変わらないと後がないって感じましたね。

過去に決別するのか、しないのであればここには居れない。

覚悟を決めて仲間と生きるか?今まで通りの過去の惰性で生きるか?みたいな人生の決断を迫られた瞬間でした。でも、わけも分からないまま、決心して、『30分で別れてきます!』って宣言して、走って飛び出しました。

その彼が散歩に出ている隙に、彼の持ってきてた荷物を全部詰め込んで、マンションのゴミ捨て場にほうり捨てたんです。それから、部屋に鍵閉めて、閉じこもってたんだけど、ゴミ捨て場に自分の荷物が捨てられてることに気づいた彼が、当然部屋に駆けつけて、何度もチャイムを鳴らしてきました。こっちは警察読んで追い払う覚悟だったから、察知したんでしょうね。しばらくしたら荷物を持って、いなくなりました。その後、数年は福岡にいたみたい。たまーにオスカー天神で見かけたりしましたよ。

あのエピソードは、仲間の中でも語り草で、今では笑える話。でも、私にとっては、人生をどう生きるかの、決断でしたね。人間って、乗るか反るかの究極の決断をするたびに成長するんですよね。

NCGのガイドという仕事

関原くみこ

 の仕事をやり始めて、この仕事の喜びを知ったら、他の仕事は出来ないと思います。

今まで殻に閉じこもっていた人がまるで雛が孵るように開く、まさに、人間が誕生する瞬間を目のあたりにする。人の進化

成長をサポートさせてもらえる光栄さ、感動、これは最高の仕事ですね。どんなに大金積まれても絶対この仕事だけは譲れない。

考えてみてくださいよ。自分の発した言葉が人をインスパイヤーして、その人の人生が大きく開くなんて幸せこの上ないと思いませんか?これぞ人間に生まれてきてよかった~と思う瞬間です。

もちろん、私はまだまだ未熟で、自分の実力のなさに直面することもしばしばです。私が関わらせて頂く皆さんは、本当に私のお師匠様だなといつも思います。これから、もっと同志を増やして、いろんなプロジェクトで世の中を驚かせてやろうと毎日ヤル気満々で生きてますよ!世界中に仲間を増やしたいですね。

\わたしたちがあなたの人生をガイドします!/

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